法制執務(立法技術)とは何か(その3)

2 法制執務(立法技術)の伝統と変化

(1) 実務慣行とその変化
法制執務上のルール又は立法技術については、その一部について、「法令における漢字使用について」(平成22年11月30日内閣法制局長官決定)のような成文のものもありますが、そのほとんどは明治時代以降の長年の立法の伝統の下で、確立された膨大な先例及び慣行を体系化したものであり、実務慣行の中で形成された事実上のルールです。そのため、これが改められる場合にも、通常は、法令の改正のように成文の形で改正が明らかにされることはなく、あくまでも実務の積み重ねの中で新たな慣行が形成されていくにすぎません。したがって、特定の時期において確立していると見られるルールも、時代の要請や法令の在り方に対する考え方の変化などにより、変化する可能性があることに留意する必要があります。

 例えば、現在においては 、法律に題名を付けるというルールは、法律立案の最も基本的なルールであると考えられていますが、昭和22年頃までは、題名が付けられないものも見られます(例えば、「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」(昭和5年法律第9号)には、題名が付されておらず、公布文にある「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」という件名が法律の名称として用いられています。)

 条文の見出しについても、現在は、それぞれの条名(条文番号ということもあります。)の前に括弧書きで見出しが付されていますが、古い法令では、見出しがないのが普通であり 、また、見出しが条名の前の行にではなく、条名の次に括弧書きで記載されているものもあります 。また、戦後、法令の表記及び文体が従来の片仮名・文語文から平仮名・口語文へと順次変更されてきたことは、御承知のとおりです。

 多年法制執務に従事され、法制局(現内閣法制局)参事官、同部長、衆議院法制局長などを歴任された鮫島眞男氏も、法律案作成事務をつかさどる法制局職員にとっては、過去の積み重ねられた立法先例の調査研究が重要・必要であり、法文の書き方や用字等立法形式などは過去の立法例に従うのが原則であるが、立法事務は、具体的な、個性のある法律案を取り扱うものであって、政策的、政治的その他千差万別の諸事情を背景に立法技術を駆使すべきものであるから、決して立法技術を固定的なものと考えてはならないと指摘しています(「立法生活三十二年―私の立法技術案内」143頁)。

 したがって、法制執務上のルールや立法技術について、立法先例を調査研究し、これを応用するに当たっては、このような点にも注意を払わなければなりません。次回には、この点に関し、最近実務で話題になっている法令の一部改正における新旧対象表方式の導入の問題を取り上げ、法制執務における伝統と変化について考察したいと思います。

(続く)
[弁護士 柳田幸三]