法制執務(立法技術)とは何か(その2)

(3) 立法技術
法制執務に密接に関連する概念として、「立法技術」があります。
「立法技術」とは、一般に、法令を立案するために必要となる知識や技術の全般(集合体)をいいます、立法技術は、法令の制定の目的や趣旨を言語的に正確かつ適切に表現するための技術であり(有斐閣「新法律学辞典第3版」) 、法令の内容並びに形式及び表現に関する法制執務上のルールや考え方に関する知識とこれを応用するための技術がその中核を占めます。そのため、「立法技術」は、法制執務と同義のものとして用いられることがあります。
 法律実務家が各種の法律文書等を作成する上で役に立つのは、法制執務の立法技術的な側面ですので、本連載においても、立法技術に重点をおいて記述します。

法制執務及び立法技術に関する先駆的な解説書である「例解立法技術」(林修三著。昭和30年刊)は、立法技術は、冒頭に「立法技術とは」という項目を設け、立法技術は、立法の内容の面から考えるべきものと、立法の形式(表現)の面から考えるべきものとに大別され、立法の内容の面に適用される原則は、立法は、内容が常に正しいものでなければならないということと他の法令との間に矛盾抵触がないようにその内容が整備統一されていなければならないということであり、立法の形式(表現)についての原則は、文字的表現が、立法の目的とするところを正確に、かつ、分かりやすく表現していなければならないということに尽きるであろうと分析しています。

 法令の内容と形式(表現)との関係については、明治23年に法典編纂論争に関連して著わされた穂積陳重著「法典論」(ウエブ上の国立国会図書館デジタルコレクションにおいて閲覧することができます。)においても、次のような指摘がされています。

 「法律に実質及び形体の二元素あり、一国の法律は果して国利を興し、民福を進むべき条規を具うるや否やの問題は、これ法律の実質問題なり、一国の法令は、果して簡明正確なる法文を成し、人民をして容易く権利義務の在る所を知らしむるに足るや否やの問題は、是れ法律の形体問題なり、法律の実質は善良なるも、若し其形体にして完美ならざれば、疑義百出、争訟止まず、酷吏は常に法を曲げ、奸民はしばしば法網を免るるの弊を生ぜん、法律の形体は完備せるも、若しその実質にして善良ならざれば、峻法酷律をして倍々その蠱毒(こどく)を逞う(たくましゅう)せしむるの害あらん、」

 この文は、法律の実質は善良であっても、その形式が完全でなければ、疑義が百出して、争訟が止まず、法律を厳格に適用する役人は常に法を曲げ、よこしまな人民は、しばしば法律の網を潜り抜けるという弊害が生ずるであろう、法律の形式は完備していても、その実質が善良でなければ、厳酷にすぎる法律の害がますます増大するという弊害が生ずる、ということを鋭く指摘しており、法令の実質と形式との関係を極めて巧みに表現している一文であると思われます。

 立法技術に関するこれらの指摘は、現代の立法においても時代を超えて普遍的に妥当するものであり、立法技術を学び、実務に応用する上で常に念頭に置かなければならない事柄であると思われます。

 ところで、法制執務上のルール又は立法技術は、法令の立案又はその審査に携わる関係者が長年の伝統の中で蓄積し、伝承してきたものであり、かなり、技術的で、習得に時間のかかる、職人的な色彩の強いものが含まれています(その代表例が、法令の一部改正に置いて用いられる「第○○条中「△△」を「□□」に改める。」などの「改める文」、「改め文」(法制執務上は、「カイメルブン」、「カイメブン」と読むことが多いようです。)の書き方で、その書き方や表現については、詳細なルールがあります。)。

 法令の表現や体裁の好ましさについての考え方や好みが専門家の間で「立法の美学」などの語で表現されることがありますが、専門家の間でのこのような感覚も、法令の立案等に関する長年の職人的な伝統の中から形成されてきたものかもしれません。

 立法技術や法令の立案等に関する長年の実務慣行は、かなり技術的で、難解な印象がありますが、その理由を辿れば、法令の趣旨や内容を正確に表現するための技術として非常に合理的なものであり、法令の文章の一言一句から、表現の的確さや巧みさなどが伝わってくることがあります。

(続く)
[弁護士 柳田幸三]