法律家の文章(その4)

② 「当該各号」
 「当該各号」という表現は、定義規定や施行期日を各号列記の形式で規定する場合などにおいて、「当該各号」の前にある「次の各号」を受けて、「当該各号に定めるところによる。」、「当該各号に定める日から施行する。」などの形で用いられます。
 定義規定を各号列記の形式で定める場合の例は、次のとおりです。

民事再生法第2条(定義)
 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一  再生債務者 経済的に窮境にある債務者であって、その者について、再生手続開始の申立てがされ、再生手続開始の決定がされ、又は再生計画が遂行されているものをいう。
(以下省略)

会社法第2条(定義)
 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一  会社 株式会社、合名会社、合資会社又は合同会社をいう。
 (以下省略)

 この場合の「当該」の意味については、「それぞれ対応する」の意味を表す(田島信成「法令用語ハンドブック(三訂版)402頁、403頁、大島稔彦編著「法令起案マニュアル」174頁)、「当該各号」の表現により、「該当するそれぞれの号」の意味を表す(法制執務研究会編「新訂ワークブック法制執務」724頁)などと説明されています。

 各号列記の形式による定義規定においては、上記2つの例からも分かりますように、「当該各号」の前に「それぞれ」を付す例と付さない例があり、いずれにもこれまでに多数の実例があります。この場合、「それぞれ」以外の部分、すなわち、「この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。」の部分は共通なのに、なぜ、二様の表現があるのか、その理由は明確ではありませんが、実務上は、上記のような二つの書き方が存在しています。

 なお、上記の「それぞれ当該各号に定めるところによる。」という表現については、「それぞれ」は不要であるとの指摘もあります(早坂剛「条例立案者のための法制執務」95頁)。この指摘は、「当該」の語自体が、「そこで問題となっているそれぞれの」の意味を持つから、「当該」の前に「それぞれ」を付すると、同語反復になることを理由にするものと思われます。

 また、施行期日を各号列記の形式で規定する場合の実例は、次のとおりです。

弁理士法附則
 (施行期日)
第1条  この法律は、平成十三年一月六日から施行する。ただし、次の各号に掲げる規定は、それぞれ当該各号に定める日から施行する。
一  第二章の規定 平成十四年一月一日
(以下省略)

産業競争力強化法附則
 (施行期日)
第1条  この法律は、公布の日から起算して三月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。ただし、次の各号に掲げる規定は、当該各号に定める日から施行する。
一  附則第二十八条及び第三十九条の規定 公布の日
(以下省略)

 この場合にも、上記の定義規定のように、「当該各号」の前に「それぞれ」を付す例と付さない例があります。

③ 「当該職員」、「当該行政庁」
 「当該職員」は、①②の用例のように既出の語を受けるのではなく、単独で、「当該職員」という独自の語として用いられ、「当該職員」は、「特定の行政事務について権限を有する職員」、「特定の行政事務を担当する職員」を意味します。①②の用例のように、「その」又はこれに類する意味はありませんので、「当該」の本来の語義から離れたかなり特殊な用例と言えるでしょう。「当該行政庁」の語についても、同様です。ただし、「当該行政庁」については、「当該」が、既出の「行政庁」の語を受ける上記①の意味で用いられている場合もありますので、注意が必要です(例えば、行政事件訴訟法第35条など)
 このほか、同様の用例として、「当該官公署」という言い方もあります(地方自治法第100条第4項、第5項、第6項)。

 以下に上記の語の用例を示します。

国税通則法第74条の7(提出物件の留置き)
国税庁等又は税関の当該職員は、国税の調査について必要があるときは、当該調査において提出された物件を留め置くことができる。

浄化槽法第53条(報告徴収、立入検査等)第1項
 当該行政庁は、この法律の施行に必要な限度において、次に掲げる者に、その管理する浄化槽の保守点検若しくは浄化槽の清掃又は業務に関し報告させることができる。
 一 浄化槽管理者
 (以下省略)

(2) 準備書面等での使用

 「当該」の準備書面等での使用については、前に「係る」について述べたのとほぼ同様のことが言えます。すなわち、法律家が作成する準備書面等においても、「当該」は、便利な用語として多用されていますが、「当該」は、日常用語としては用いられない硬い印象を与える言葉ですし、ほとんどの場合に「その」、「この」、「同」などで言い換えることが可能である一方、文脈によっては、法文での使用について指摘されているのと同様に、表現がやや抽象的で、不明確になるおそれがあるなどの問題点もありますので、準備書面等において具体的事実を記述するに当たっては、可能な限り、「その」、「この」、「同」などの他の平易な表現を用いるのが適当であると思われます。

(完)
[弁護士 柳田幸三]